2018-01-31
先日、仙台郊外にある作並温泉岩松旅館に一泊してきました。
しばしの骨休めでした。
正岡子規が「はて知らずの記」を書いた東北旅で投宿した宿としても有名です。その露天風呂はいまもなお当時の面影をしっかりと残しています。
わたしは2012年に河北新報に子規の足跡を水彩画とエッセイで辿る連載をしましたが、それを機に岩松旅館さんの絵はがきを私が描いたり、展示をさせていただいたりとご縁をいただいています。
縁は異なもの粋なもの、ここに河北新報に掲載した岩松旅館と子規のくだりを再掲載します。
岩松旅館・1
「涼しさや行燈うつる夜の山」 子規
「作並温泉に投宿す。家は山の底にありて翠色窓間に滴り水聲床下に響く。絶えて世上の涼炎を知らざるものの如し」
仙台国見から作並温泉までを一日で歩ききった子規は、こう書き綴っている。家とは現在の岩松旅館だ。泊まった宿が今もある。となれば私も子規の感じた作並時間を追体験してみたい、と、老舗旅館に部屋をとった。
風呂場は、途中に雰囲気のいい柱時計がかかる長廊下を降りた先にあった。もちろん湯船にスケッチブックを持ち込むことなどできるはずもない。「これは記憶が頼りの取材だな」と、タオルだけを手に廊下を降りていった。
岩風呂の傍ら、渓流がごうごうと音を立てる。「子規が見た風景が変わらずここにある」そう思ったとき、心にある言葉が響いた。学生時代学んでいた古代ギリシャ史の恩師、O教授の声だった。
「私の時計はね、2000年前で止まってしまっているんですよ。ありがとう」
卒業時、私たちが贈った時計を手に、師がつぶやいた言葉だった。師は、時を自在に行き来できる心を持て、と伝えたかったのではないか…。そう思った瞬間、長廊下の途中に見た古い柱時計が脳裏にフラッシュバックした。
作並温泉・2
「夏山を廊下つたひの温泉かな」 子規
前ページでも書いたように、私は岩松旅館でその場で描くことはしていない。この絵は風呂から持ち帰った「記憶」を基に「印象」をざくっと刻んだ素描を下敷きにした。前回の古時計の絵も制作過程は同じだ。
子規はのちに言葉による「写生」にこだわることになる。とはいえ、文字通りそのままを写し取るのではなく、そこには子規のフィルターがかかっていたはずだ。絵も同じく想像力、そして記憶の連結力といった濾過装置が欠かせない。もちろん現場デッサン力は必須だが。
まっさらな紙に向かい「記憶」と対話しながら、過去に見た風景を紡ぎ出す。そこには描き手の過去何十年という経験が意識せずともにじみ出る。山や川、町並みや空を描き出したそれは、実は描き手そのものでもあるのだ。
今回の句は、旅館内でも案内されているが、彼が作並で詠んだ句を幾つかここに紹介しておこう。
ちろちろと焚火すゞしや山の宿
はたごやに投げ出す足や蚋のあと
私が子規の句に感じるのは、写生された対象にかぶる生々しい彼自身の姿だ。
駄文、お読みいただきありがとうございました。
追記
今回掲載の二点は岩松旅館さんの玄関に額に入ってかけられています。
みちのく東北はいで湯があちこちにあります。仙台に旅したときはぜひ,子規の泊まった岩松旅館さんまで足を伸ばしてはいかがでしょう。
連載は「子規と歩いた宮城」として画文集にまとめました。ご希望の方には通販もしていますので、フォームからお問い合わせください。