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誰か必要な人がいる

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誰か必要な人がいる

新型コロナウィルスの影響で、世相が「あれっ?」という方向へ向いてますね。
マスク、消毒液、あろうことかSNSに踊らされてトイレットペーパーや類する紙製品までがあっという間に無く立ってしまったり。

あと10日ほどで東日本大震災から9年目の311がやってきますが、ここ数日のニュースを見ていると、あの時(9年前)のモノが消えたホームセンターやスーパーマーケットで怒声をあげていた大人たちを、なぜか思い出してしまいます。

悲しいのはそんな大人の素顔を、こどもたちが知ってしまうことです。

「そうか、こういうときはだれよりも早く動いて買物した方がいいんだな。店にあるものは全部買ってしまったもん勝ちなんだ。主張しないヤツが損するんだ。」
こどもたちがそんな状況を見て、そう思ったとしても不思議はありません。

未来がさほど長くない、性格も変わらない親や大人はどうでもいい。
だけれど、これから大人に変わって行くこどもたちに、「大人になるとはそういうことだ」と、思ってほしくないと思います。

 

2011年3月11日のあの日、我が家ではこんなことがありました。
強烈な揺れが納まった直後、ラジオの乾電池がない、と気がついた私は、当時中学生だった息子に「コンビニ行って電池をいっぱい買ってきてくれ」と頼みました。

しかし、コンビニから戻った息子は、最低限の電池しか買ってこなかった。

聞くと、「まだ少しあったけど、必要な分だけにした」

おもわず「なんだ、電池無くなるぞ、全部買ってくれば良かったじゃないか」と言ったわたしに、息子は声を荒げました。

「誰か他にも電池が必要な人がいるはずだろ!?」

言葉を返せませんでした。こどもたちにしゃあしゃあと道徳的なことを求めたり、ああだこうだと偉そうに言ってきた自分のなんてぶさまなことよ。

「そうだよな、おまえ、正しい。」

そう口にした自分の恥ずかしさが、いまだに忘れられません。

 

今、藤崎デパート・グリーンルームで開催予定の311メモリアル企画『森羅万象のつらなり【海から銀河まで】(3月7日から11日)』の最後の準備に追われています。

展示作品の三陸風景画の額装をチェックしたり、描いた当時のことを思い出しながらキャプションを書いたり。

だからでしょう。2011年の3月11日、電気もつかず薄暗くなった部屋の中で、買ってきた乾電池を差し出しながら「ほかにも誰か必要としている人がいるだろ!?」と言った息子の言葉を、つい思い出しています。

311メモリアル企画『森羅万象のつらなり【海から銀河まで】(3月7日から11日)』の特別企画だったメモリアルメッセージコンサート(3/7.8)は、残念ながらそんな世相で中止となりました。ですが、展示は普通に開催します。

この企画展も「誰か必要な人がいる」と絶対的に信じています。

絵は藤崎会場に展示する震災前の三陸風景です。タイトルは「リアスの記憶・冬のかもめ」

場所は岩手でした。
たくさんの港をまわったので、地名は思い出せません。
たそがれ時の鳥居に海鳥が集まっていました。